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2005年11月

今日のスケッチ

 銀杏落葉匂ひ濃けれど人集ふ  なを

「いちょうおちば においこけれど ひとつどう」

季語は「銀杏落葉」 誰でもが知っているイチョウの

黄金に輝く落ち葉のことですね。

今日はとても暖かでしたので、お昼休みに

絵画館前の銀杏並木を見に行ってきました。

すっかり黄色く色づき、大勢の人々が見にいらしてました。

ギンナンの潰れた匂いが、むせかえっていましたが、

そんなの何のその…で、座れるベンチもありません。

やっと探したベンチで、仲間とお茶を飲んでいましたら、

まん丸に太った雀が、人懐っこく傍に寄ってきました。

お菓子をあげると、上手に食べていました。

きっと、こうやって餌を貰うから太るのね! と、納得。

絵画館前の銀杏並木は、ドラマのラストシーンに

よく使われますが、見事に豪華に黄金に輝き

少し強い風に煽られて、ハラハラと散る姿は、

さすがにドラマチックでした♪

大抵、別れの場面に使われていますが、ここで出逢っても

素敵なのになぁ……な~んて考えていました。

                                                                 

さて、ご報告です。明日から少し、部屋を留守にします。

初冬の旅をして参りますので…

吟行句がいくつか出来たらいいなぁって思ってます。

帰って参りますまで、皆さまどうぞお元気で!

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今日のお勉強

 哀しみで薄水色に凍る海  なを

「かなしみで うすみずいろに こおるうみ」

季語は「凍る」です。水が凝結することですが、

俳句ではもっと広い寒気の意味を持っています。

ここ数日、中央大学名誉教授・木田元先生の

「詩歌遍歴」という本を読んでいます。

その中に、吉井勇という方の歌が載っていました。

 『広重の海のいろよりややうすし

       わがこの頃のかなしみのいろ』

何故か、この歌を読んで泣きそうになりました。

吉井勇氏の初期の作品だということですが、

瑞々しい感受性に感動したのでしょうか…

何はともあれ、吉井勇氏の歌がもっともっと

読みたくなりました。お名前だけは知っていましたが、

実は全然読んでいなかったのです。

不勉強を恥じると共に、教えて下さった木田先生に

大感謝なのです。

そして、今日の句は、『広重の…』のお歌に触発されて

詠んでみました。本歌取りって訳でもないのですが…

お勉強しなくてはならないことって、まだまだ

山のようにありそうです。

長生きしなくっちゃ~~なのです(笑)

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「きのは」と「このは」

 お祝ひの紙吹雪舞ひ木の葉舞ひ  なを

「おいわいの かみふぶきまい このはまい」

季語は「木の葉」で、「このは」と読みます。

「きのは」と言うと、季節に関係なく一般的な樹木の葉を

意味しています。「このは」は散っているもの、散り敷いているもの

そして、まだ木に残っていて落ちようとしているものも差します。

TVのニュースで、ロッテの優勝パレードを観ました。

紙吹雪が舞って、とても美しかったです。

ホークスファンの私にとっても、感動的なシーンでした。

改めて、ロッテの選手の皆さま、ファンの皆さまに

「おめでとうございます♪」と、申し上げます。

近所の公園は、木の葉が散って、木の葉の絨毯のよう!

片や紙吹雪、片や木の葉と、舞っているものに一入の思いの

日曜日なのでした。

来年の優勝パレードは、ホークスがして欲しいものです!

はてさて、どうなることやら…ですけれど。

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私はマジシャン?

 ちちんぷい指に魔法を毛糸編む  なを

読み方のご説明はいりませんよね。

季語は「毛糸編む」冬用の毛糸でセーター等を編むことです。

子供の頃、母が編物をしていると、指が魔法使いのように

動く様子に、いたく感動したものです。

自分でも編むようになって、魔法は必要ないって分かりました。

編物って、慣れてくると指が動きを覚えてくれていて、

何も考えなくても、自然に動いてくれます。

だからTVを観ながら、編むなんてのは全く平気ですし

たまには、本を眺めたりしながら編んでしまったりします。

今日は、前にお友達に約束していたセーターに

ようやく取り掛かりました。

何とかクリスマスまでには、編み上げる予定です。

編めなかったらどうしよう…それこそ魔法で編まなくちゃ!

チチンプイプイって呪文を唱えて  ね。

 

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ささやかな倖せ

 世は愉し鍋はぐつぐつ湯気立てゝ  なを

「よはたのし なべはぐつぐつ ゆげたてて」

季語は「湯気立て」です。大正・昭和の中ごろまでの

家庭では、火鉢やストーブの上で薬缶や鉄瓶がかけられ

湯気を立たせて部屋の湿度を保っていたことから、

きている季語のようです。もうほとんど見かけない風景。

今日は昨日キャンセルされた友人と寄せ鍋を食べに…

鍋からぐつぐつと湯気が立ち上っているのを見ていたら、

この世の中、何だか楽しくなってきました。

寒い季節に暖かなものが食べられる倖せ‥‥

四方山話に花を咲かせて過ごす愉しい夕べ。

すべてこの世はこともなし かな?

地上に生きる皆がすべて、こんな風に倖せだと

どんなにいいことでしょう ね♪

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11月なのに6月?

 悦びの後の寂しさ小六月  なを

「よろこびの あとのさびしさ ころくがつ」

季語「小六月」は、小春のこと。陰暦10月の異称です。

冬に向かう中での、ほんのつかの間の暖かい日。

今日は「小六月」にぴったりの暖かな日でした。

朝起きたら、久しぶりに友人から「ご飯を食べよう」と

メールが入っていました。

ニコニコして仕事に出掛けたら、お昼に「急用が出来たので

悪いけど、キャンセル…」という、寂しいメール。

こんなことって、日常茶飯事の事なのに何だかガッカリ。

喜んだ後だけに、虚しくなってしまいました。

時間が出来れば、また誘ってくれるでしょうから、

気を取り直して、久しぶりの暖かさを愛でていました。

まぁ こんなこともあるサ。 ですね?

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何にもしない勤労感謝の日

 空白のときをふわふわ花八手  なを

「くうはくの 時をふわふわ はなやつで」

季語は「花八手」 八手の花です(当たり前?)

今日は、何だかひたすら、ぼ~んやりと過ごしました。

ただひとつの行動は、近所のジーンズショップに

新しいジーンズを買いに行ったことくらい…かな。

あとは、何もしたくなくて、ボーーーってしてました。

だから空白の時間がどっさり、お花だったら地味な

花八手が似合うかしらん…等と思っていました。

(花八手さん ごめんなさい)

バタバタと過ごしてきましたので、こんな日もあっていいかな。

いつもじゃ困るけれど……ね。

さぁ 明日は頑張らなくっちゃ!!!

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冬の燈は暖か♪

 歩み来て能楽堂の冬燈  なを

「あゆみきて のうがくどうの ふゆともし」

季語は「冬燈」 寒さの厳しい冬の間の燈(灯)のこと。

今夜は、千駄ヶ谷にある国立能楽堂で「能と狂言」を

観てきました。狂言は「瓜盗人」 能は「半蔀(はしとみ)」

が、演目でした。狂言の盗人になるのが、今が旬の

野村萬斎さんで、とっても愉しかったです。

能の「半蔀」は、源氏物語の夕顔の霊の出てくる作品でしたが、

恥ずかしながら、何を言っているのか分からず、半分は

眠っていました(横で観ている母に小突かれながら…)

折角の立派な作品も、私のようないい加減な観客には、

豚に真珠…ですねぇ。勿体ない話です。

今夜の句は、殊更に寒く暗い道を歩いて能楽堂に着くと

中は明るく、冬燈の暖かさを感じました というような意味です。

次の機会があったら、今度は眠らないでしっかりと

拝見しよう! と、反省しきりの今夜なのでした。

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冬も紅葉…

 葬列もすこしお洒落に冬紅葉  なを

「そうれつも すこしおしゃれに ふゆもみじ」

季語は「冬紅葉」 「紅葉」は秋の季語ですが、

温暖化の影響か、近頃は冬になっても紅葉しています。

お洒落だった叔母の葬列(斎場から火葬場までの)は、

紅葉の道を進みました。

まるでお別れを美しく飾ってくれているようでした。

お坊様のお話に「故人が仏様になるまでの49日間を

ただ嘆き悲しんでいてはいけない。立派な仏様になって

いただくように健康で明るく過して、故人が安心して

旅立っていけるように応援しなくてはいけません」

というようなものがありました。

そうなのよね。私たちが元気でないと、安心して

旅立てないのだわ! って、思いました。

だから、少し暗いのも今日まで…です。

明日からは、なるべく愉しい句を詠むようにします。

乞うご期待♪ ってほどのものは、詠めないでしょうけど。

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日曜日の出来事

 冬旱親族の集ふ夜  なを

「ふゆひでり うからやからの つどうよる」

季語は「冬旱」 冬季、晴天が続き雨のないこと。

今夜は叔母の通夜でした。

普段ほとんど会う機会のない親族が全員集合!

「こんな時しか会えないのねぇ」等と話し合っていました。

「親族」と書いて、「うからやから」と読みます。

一家親族・一門のことです。

ご存知だったら、余計なお世話の説明でしたね。

夕方からの外出でしたので、昼間はベランダに

出していた観葉植物を、部屋に避難させました。

お部屋が少し狭くなりましたが、外の寒さに

枯れてしまいそうで可哀想でしたので…

そんなこんなの冬の一日でした。

今年もあと6週間、考えると落ち着かなくなりますね。

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冬の色

 寒波来るをんなもすこし鈍色に  なを

「かんぱくる 女も少し にびいろに」

季語は「寒波来る」です。「寒波」だけでも季語ですし、

「冬一番」というのも、同じ意味の季語です。

まだ寒波というには、早すぎるかもしれませんが、

風邪を引きそうに寒いので、私のところには、

寒波が来ているのです。

鈍色とは、染色の名で、薄墨色・濃い鼠色のこと。

昔、喪服にはこの色を用いていたそうです。

寒くなって縮こまっていると、女も(男もかも?)

鈍色に染まってしまうような気がしました。

美しい色ではありますが、暗くなりますよね。

冬だって、地味にしてないで、カラフルな

パステルカラーにでも染まってみたいなぁ。

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今夜は冬の星

 凍星や生きちよるだけで丸儲け  なを

「いてぼしや いきちょるだけで まるもうけ」

季語は「凍星」です。「冬の星」という季語の同類です。

他に「冬銀河」「寒星」「荒星」「寒昴」「天狼(てんろう)」等。

以前、NHKの朝の連続ドラマの中で、主人公の祖母が

口癖のように言っていた言葉が気に入っていました。

『人間 生きちょるだけで 丸儲け!』っていうの。

今夜、寒い中で夜空の星を見ながら、思い出しました。

生かして頂いているだけで、有難い事と感謝しなくては!

謙虚に思う今宵の私の ひとりごと です。

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冬の月

 冬満月いのちはかなくなりにけり  なを

「ふゆまんげつ 命儚く なりにけり」

季語は「冬の月」で、それを今夜の月は満月のようにまん丸

でしたので「冬満月」としました。

危ういと言われていた親戚の叔母が、今朝天に召されました。

きちんとした死因を調べる為に、解剖が行われ、夕方自宅に戻る

という事でしたので、夜に母と伺いました。

子供の頃から、何かとお世話になってきた叔母ですので

とても残念で、母ともども しょんぼりとしています。

夜の道を歩きながら、高々と上がっている冬の満月に

今夜は虚しさのようなものを感じていました。

命って、本当に儚いものなのですね…

しばらく暗い句が続くかもしれません。ごめんなさい。

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源氏の夜

                                          

 こひびとをものにうばはれ夜長し  なを

  「恋人を ものに奪われ よるながし」

                                                                    

「夜長し」は秋の季語です。十五夜の夜の物語でしたので。

親戚の者の容態も落ち着いたので、今夜は源氏物語のお勉強…

愛する夕顔を物の怪に奪われ光源氏は長い夜を過ごします。

句の「もの」は「物の怪」を表しています。

 火はほのかにまたたきて 母屋(もや)の際(きは)に立てたる

 屏風の上(かみ)ここかしこの隅々(くまぐま)しくおぼえたまふに

 ものの足音ひしひしと踏み鳴らしつつ 後ろより寄り来るここちす

闇に閉ざされた、荒れ果てた屋敷の中で源氏はひとり戦うのです。

夕顔のお付きの右近も取り乱し、源氏にしがみついてわななき…

呼びにやった乳母子(源氏の乳母の子)の惟光(これみつ)を

今か今かと待ちわびながら、『われ一人さかしき人にておぼしやる

かたぞなきや』と、気丈に耐えながら途方にくれているのです。

 (夕顔を)つと抱(いだ)きて 『あが君 生きいでたまへ 

 いといみじき 目な見せたまひそ』とのたまえど 

 冷え入りにたれば けはいものうとくなりゆく

もう亡くなっているのを信じようとしない、哀れな源氏の姿。

千年前の世界です。夜は闇に支配されるのです。

外は月夜ですが、屋敷の中は漆黒の闇、いたる処に物の怪…

今の世のような蝋燭(ろうそく)もなく、油に差した火だけが頼り。

読み進んでいて、こちらも闇の世界に連れて行かれます。

源氏この時18歳、若々しくまだ世慣れていない姿に、

物語ではありますが、引き込まれているのです。

大人になって行く源氏に、置いていかれないようにしなくっちゃ…

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夜の過客

 夜の道行き交う過客片時雨  なを

「よるのみち ゆきかうかかく かたしぐれ」

季語は「片時雨」です。時雨とは、冬の初めの頃の、

晴れていたかと思うとさっと降り、すぐにあがってしまう

雨のことです。片時雨は、一方では晴れているのに

一方では降る時雨のこと。朝時雨・夕時雨・小夜時雨

といった、時刻であらわすものもあります。

陰暦10月は、時雨月ともいい、時雨の定めのない降り方に

世のはかなさや、むなしさを詠んだ和歌も沢山あります。

ちなみに芭蕉は俳諧において、それをいっそう深め、

芭蕉の忌日を「時雨忌」といいます。

前置きが長くなりました。今夜は入院加療中の親戚の

容態が悪くなり、急遽車を飛ばしてお見舞いに行きました。

苦しそうにしている姿に、どうしてあげることも出来ないまま

再び夜の道を戻っていて、時雨にあいました。

雨なんか降りそうになかったのに…でも時雨です。

すぐに止みました。

過客は、通り過ぎてゆく人、旅人。他に来客の意もあります。

人はすべからく、過客なのですね。

そして今元気でも、明日のことは分からない……

そんな風なことを考えていた夜なのでした。

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龍釣り…

 空想の龍釣りに行く冬の湖  なを

「くうそうの りゅうつりにいく ふゆのうみ」

季語はただ「冬」です。これも句会に出しました。

実は敬愛する、つぶやく堂やんま先生の

新句集「龍釣りに」のお句からのパクリです。

 龍釣りに行つてそれきり麦藁帽  やんま

どうしても、龍釣りという言葉が使いたくて

詠んだ一句なのです。

お心の広い先生だから、許していただける…かなって

甘えてしまいました。自分勝手な言い訳ですが─

句会では、結構人気句でしたので、本当のことが

言えませんでした。先生、ごめんなさい!

これからは、なるべく自分の言葉で詠んでいきます。

でも、「龍釣り」って惹かれる言葉でしょう?

惹かれると、自分の句に取り入れたくなってしまいます。

困ったもんですねぇ……

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苦手な牡蠣

 金輪際牡蠣は食べぬと誓ひけり  なを

「こんりんざい かきはたべぬと ちかいけり」

この句も、昨夜の句会に出句したものです。

兼題の季語が「牡蠣」でした。

昔むかし、○○ホテル(超有名ホテル)で、

パーティがあり、そこで生牡蠣を戴きました。

その晩、胃痙攣を起こしました。当たったのね。

それ以来、牡蠣が食べられなくなりました。

仙台に住んでいた頃、友人が来て、

仙台名物の牡蠣が食べたいなんて言われると、

辛かったものです。

牡蠣の専門店にお連れするのですが、

自分は食べられないので、美味しそうに召し上がってる

姿を、何か違うものを食べながら見ていましたっけ…

近頃、ようやく少しは食べられるようになって、

美味しいとは思わないのですが、我慢して戴きます。

好き嫌いの無い人が本当に羨ましい…です。

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冬本番の始まり始まり!

 凩のあとついてくる滑瓢  なを

「こがらしの あとついてくる ぬらりひょん」

季語は「凩」です。「木枯」とも書きます。

初冬に吹く強い風で、木を吹き枯らすことから「木枯」

「凩」は国字で、風冠と木を組み合わせた漢字です。

今日は、凩一号が吹きました。

そこで、今夜の句会の席代が「凩」となり、慌てて詠んだ一句。

これだけ強い風が吹いたら、きっとお化けも風に乗って

ついてくるだろう…な~んて思ったのです。

「滑瓢」は瓢箪鯰(ひょうたんなまず)のように、

つかまえどころのない化け物のことで、

何となく頭に浮かんだのですが、私の発想って変かしらん。

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夜は寒いね…

 寒き夜のホットミルクとシューベルト  なを

季語は「寒き」です。他に「寒し」「寒さ」「寒気」「寒冷」等が仲間。

冬の気温低下を身体に感じる表現、単に身体的感覚だけでなく

心理的にもさまざまな対象に即して捉えられる感覚…だそうです。

寒い夜には、ミルクを温め、優しいシューベルトなど聴いて

やり過ごしましょう─のような、単純な発想の句でした。

例えば、バッハとブランデー だと重たくなりそう…

あくまでも、軽やかに 明るく乗り切りたいと思いましたので

ホットミルクにシューベルト なのでした。

寒い夜 あなたはどう過ごしていらっしゃいますか?

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やっぱり風邪はイヤ

 移されし風邪嬉しくて夢心地  なを

「うつされし かぜうれしくて ゆめごこち」

ずーっと前に、恋らしきものをしていた頃のことを

想い出して詠んでみました。

彼の風邪が、傍にいた私にも移ってしまったお話。

風邪は辛いのに、移された相手が好きだとそれも嬉し…

季語は「風邪」 風邪は一年中引きますが、冬の季語です。

治った筈の風邪をまた引きなおした予感 喉がまた痛い。

甘い風邪なら嬉しいのですが、多分満員電車の乗客さんから…

嬉しくない風邪なのです。皆さまもご自愛を!

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小春日和

 小春風纏ひて向かふ珈琲店  なを

「こはるかぜ まといてむかう こーひーてん」

季語は「小春風」 小春は陰暦十月の異称です。

そして「小春日和」は立冬を過ぎてからの春のように

暖かい晴れた日のこと。その時の風が「小春風」

毎日、お昼休みに仕事場の近くの珈琲ショップに

行きます。本を読んだり、俳句を詠んだり…

小春の今日も、風を纏いながら出掛けました。

大して長く居るわけではありませんが、仕事を忘れる

癒しのひととき、貴重な時間です。

そんな一日の一齣を詠んでみました。

貴方は何処で、憩いますか?

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蝶にも冬が…

 冬の蝶空気の底で舞ひ納む  なを

「ふゆのちょう くうきのそこで まいおさむ」

まだ時々見かける、冬の蝶々…

少し喘いでいるような、哀れな感じがします。

きっと、静かに静かに空気の底の方で舞うのをやめて

天に召されていくのでしょう。

永遠の命なんてないのですものね。

でも、新しい命が次の春には待っています。

これが連鎖というものなのかな……

季語は「冬の蝶」です。冬の蝶が凍ったように、じっと

動かずにいるのを、「凍蝶(いてちょう)」といいます。

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冬ですよ♪

 豆腐屋の喇叭の音色冬に入る  なを

「とうふやの らっぱのねいろ ふゆにいる」

近頃、我が家の近所にも、リヤカーを引き粋な前掛けの

お豆腐やさんが来て、ラッパを吹いてお客さんを呼びます。

その音色が妙に物哀しく、立冬にふさわしいと思いました。

いつ頃から、豆腐屋さんのラッパってあったのかしらん?

ちょっと調べてみようかな…なんて考えたりします。

今日は暖かい冬の入りでしたが、明後日からは

グーンと冷えてくるようです。(怖いなぁ)

今日の季語は「冬に入る」 他の言い方として

「冬来る(きたる)」「冬立つ」「今朝の冬」等あります。

何はともあれ、今日から冬なのです(キッパリ)

まだまだ晩秋の気配が濃厚ですが、冬の気配を

探して何とか句を詠んでいくつもりです。

はてさて、どうなることやら‥‥

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去る秋…

 雨音の閑かになりて秋惜しむ  なを

「あまおとの しずかになりて あきおしむ」

朝から曇天でしたが、夕方から雨になりました。

段々激しくなって、雨音が賑やかでしたが

夜も更けた頃、いつしか静かになっていました。

秋を惜しむ雨だったのかしら…なんて思って詠んだ一句。

とても素直に、明日の立冬に向けて作りました。

季語は勿論、「秋惜しむ」です。

今日は冬隣(ふゆとなり)の一日  

しみじみと、行く秋の残り香を感じていました。

といっても、体感としては当分は秋なのですけどね。

冬のコートを着るのは、まだまだ先のことでしょう。

でも、明日は立冬ですから、今後は冬の句を詠むのです。

何だか変…って思いながら  ね♪

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秋ももうすぐお仕舞いです

 秋の果眼病みをんなの独り言  なを

「あきのはて めやみおんなの ひとりごと」

数日前から風邪気味だったのに加えて、昨日から

結膜炎になってしまいました。

眼科の先生にコンタクトを厳禁されてしまいました。

3時間おきに、目薬を差さなくてはなりません。トホホ

折角の秋日和も、こんな状態だと何処へも行けず

ガッカリです。愚痴愚痴愚痴…なのです。

季語は「秋の果」 そのものずばりの季語ですね。

あと2日で立冬。秋も残り僅かです。

皆さまは、どうぞ残りの秋をご堪能くださいね♪

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お帰りなさい…?

 黄昏の辻にひとひら返り花  なを

「たそがれの つじにひとひら かえりばな」

季語は「返り花」。実は冬の季語です。

11月7日が立冬なので、少し先走りですがお許しを!

先日、千鳥ヶ淵の近くを歩いていましたら

躑躅(つつじ)の返り花に出会いました。

???って感じでした。春に咲くんじゃなかったの?

薄いピンク色の可愛いツツジさん♪

何だかすごく得をした気分!

 返り花恋に返りの道ありや  檜 紀代

なんていう、凄い句もありますが私は単純に

その返り花が嬉しくて、一句にしました。

返り花というのが、花にとっていい事なのか

それとも負担になるのか…それは判りませんが

もっといろんな返り花を見てみたいものです。

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晴れの特異日

 文化の日独りで巡るメモリアル  なを

「ぶんかのひ ひとりでめぐる めもりある」

今日は、亡くなった夫との結婚記念日です。

生きていれば、二人してお祝いできたものを

独りっきりで、かつてのことを想い出したりしています。

こんな時は、いいことしか想い出さない私。

連れ合いを失くされた方は大勢いらっしゃるでしょうに

自分だけが不幸だと思うのは、不遜だって解っているのに

ついつい、自己憐憫に浸ってしまいます。

祝日で、家に籠もっていると尚更、ひとりぽっちを感じちゃう…

今日だけは大目に見て頂いて、明日からは元気な私で

頑張ろうと思います。

ちなみに「文化の日」が、今日の秋の季語。

昔は、明治天皇のお誕生日で「明治節」と

言っていたそうです。

メモリアルには、記念物とか記念碑の意味があります。

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火は美しく

 火祭や闇の中から鬨の声  なを

「ひまつりや やみのなかから ときのこえ」

少し前のことになりますが、10月22日は鞍馬の火祭です。

去年、丁度その時に京都におりましたので、

生まれて初めて、拝見して参りました。

大きな松明が、上ってくる様は迫力満点でした。

闇の中から、わぁっという鬨の声が聞こえてくるような…

戦乱の世の戦(いくさ)の時の声を連想したのですが、

実際は、観光客の歓声なのでした。

今日はふと、昨年の火祭を思い出して詠みました。

火は、人間を原始の世界に誘ってくれます。

人は、火を怖れ、畏まり、憧れるのです と思います。

鞍馬の火祭♪ もう一度、ゆっくり行ってみたいなぁ…

ちなみに、季語は「火祭」でした。

火祭は、各地で行われますが、単に「火祭」といったら、

京都市左京区鞍馬山・由岐(ゆき)神社の夜祭のこと。

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秋の代表選手

 さいらさいら空と海よりあをきこと  なを

「さいらさいら そらとうみより あおきこと」

読み方の説明は、不要でしょうが、一応書きました。

季語は「さいら」です。秋刀魚(さんま)のことです。

関西では、秋刀魚をさいらと呼ぶそうです。

その響きが、きれいだと思いまして、秋刀魚でなく

さいら…で、詠んでみました。

秋刀魚の濃い藍色は、この季節とても美しく

しかも美味しいですね。

近頃では、配送が良くなって、東京にいても

秋刀魚のお刺身が頂けるようになりました。

ありがたいことです!

でも、やっぱり塩焼きが一番♪

昔は鰯と同じく、下魚とされていたようですが、

油の乗った秋刀魚は、秋の味覚のランキングでも

上位になる…と、思います。

今日は、その秋刀魚=さいら の蒼い色だけを

愛でてみました。

皆さまは、秋刀魚 お好きですか?

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