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2005年9月

明日の夢は?

 鶏頭花あした見るのはどんな夢  なを

「けいとうか あしたみるのは どんなゆめ」

鶏頭花が秋の季語。漢名は「鶏冠花(けいかんか)」

読み方は、「ジィ グアヌ ホア」というそうです。

花の形が雄鶏のとさかに似ている事からついた名前。

古くは中国から渡来して、万葉集には「韓藍(からあい)」と、

詠われているのですって。草染めの染料だったのですね。

花言葉は「おしゃれ、気取り」です。

今日がちょっぴり寂しいと、明日はきっといい日になるさ…

そんな気分で、詠んでみました。

「あしたがあるさ、あすがある~」なんて唄もありましたっけ。

多分きっと、明日こそ‥‥ねっ。

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阪神優勝♪

 長き夜勝利の美酒に酔ふ宴  なを

「ながきよる しょうりのびしゅに よううたげ」

別に、読み方のご説明は要らないでしょうが、

念のために、書きました。

季語は、長き夜…以前にも書きましたが、

夏の短夜のあと故に、夜がすっかり長くなったと

感じられる季感ですね。

ホークスファンの私も、今夜は阪神を応援しました。

巨人戦で優勝を決めたのは、球界にとっても

良かったな…などと、思いました。

(これでも、子供の頃は巨人ファンでした)

まずは、阪神ファンの方におめでとう!

って、申し上げます\(^o^)/

(ホークスどうなるんだろう。シリーズ出られるのかしらん)

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秋は少し寂しい…ね

 次の角までの道行秋の蝶  なを

「つぎのかど までのみちゆき あきのちょう」

季語は秋の蝶です。秋になっても飛んでいる蝶のこと。

ここ何日か、晩秋の気配が漂っていますが、

まだまだ、蝶は飛んでいます。少し、哀れな感じもしますね。

そのちょっと寂しい蝶と、道行をしている自分も、少しだけ

寂しい…かな。行く先を決めているのか、いないのか、

蝶は少しだけ一緒にいて、去って行きました。

今日は、晩秋のひとコマを、切り取ってみました。

あなたの秋のひとコマは、どんな感じですか?

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大漁の鰯

 鰯雲銀の鱗の雨が降る  なを

「いわしぐも ぎんのうろこの あめがふる」

今夜の句会で、投句したものですが、

見向きもされませんでした。ガッカリ…

あまりに、発見の無い、つまらない句ですもんね。

でも、私にはお気に入りの一句でしたので、

こちらに掲載させていただきます。

季語は「鰯雲」 白い雲片が、さざ波がたつように

広がっていて、鰯が群れているように見える…のですね。

鰯が空に広がったら、鱗の雨が降ってくるような、

そんな気がして、作った句です。

拙句でごめんなさい…って、いつも拙句ですね。トホホ

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きりりんしやん!

 きちかうや肚括るのは難儀やねん  なを

「きちこうや はらくくるのは なんぎやねん」

今日の季語は「きちかう」=「きちこう」=「桔梗」のことです。

小林一茶の句を踏まえて、詠んでみました。

 きりりんしやんとしてさく桔梗かな  一茶

桔梗は、本当に凛として、紫の美しい色が、小股の切れ上がった

江戸の美人を思わせる…と言われています。

凛々しく生きていきたくても、そう出来ない私の本音を詠みました。

そんな私にとって、桔梗は憬れのお花なのです。

ウダウダしてないで、桔梗のように生きていけたらなぁ♪

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寒くなりました

 うそ寒や赤のルージュをきつぱりと  なを

今日の寒さは、「うそ寒」という秋の季語にピッタリでした。

うそ寒(さむ)とは、晩秋のじっとしている時に感じる寒さのこと。

我慢できない寒さではないが、身体にまつわりつくような感じ。

やがて来る冬への、かすかな不安感を表す季語です。

そんな寒さの日には、真っ赤な口紅をつけて、空元気を!

このまま、この寒さが続くのでしょうか?

寒さの苦手な私は、不安になります。

更衣(ころもがえ)もしていないのに、どうしよう。

そこら辺にある洋服を漁って、変てこな恰好している

今日の私です‥‥とほほ。

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雨の日も楽し…

 絵の中の花へと化身秋麗  なを

「えのなかの はなへとけしん あきうらら」

台風接近で雨の一日、壁にかけてある絵を眺めて、

描かれている美しい花に化身する白昼夢を見ています。

秋麗は、秋晴れの日のうららかさを表す季語ですが、

憂鬱な雨の日も、花に化身しちゃったら、もう麗うらら♪

「花」は春の季語ですが、この句では「秋麗」が強いので、

季重ねではありますが、無視することにします。

明日はもっと雨がひどくなりそう‥‥

美しい絵をじっと見て、憂鬱な一日を明るく過すことにしよう!

ねっ、そうすれば楽しくなるでしょう?

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デジャヴュです。

 秋の風デジャヴュの濤に攫はれて  なを

「あきのかぜ でじゃびゅのなみに さらわれて」

デジャヴュとは、既視感、既視体験、初めての経験なのに、

既に経験したように感じることです。

四季には、それぞれの風があり、その季節の初めに、

風を肌で感じると、何故か同じ事が前にもあったかのような、

感覚に襲われたりします。

初めて会った人なのに、前から知っていたような

気がするのと、同じなのじゃないかと思います。

その年の秋の風を初めて頬に受けて、勿論過去にも、

秋風の体験はある訳ですが、それとは違っているのに、

以前と全く同じだと感じるのは、既視感かと‥‥

風だけじゃなくて、例えば匂いにもそんな作用がありますね。

色んなデジャヴュを持って、人間は生きていくのかな?

デジャヴュは、人を攫うのです。違った次元の世界へと。

今夜は、そんなことを考えていました。変ですか?

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秋彼岸

 白露や生くことすこし哀しくて  なを

「しらつゆや いくことすこし かなしくて」

今日はお休みでしたので、お彼岸のお墓参りに行きました。

ウィークディで、道路は空いているだろうとの考えは甘く、

連休前だからなのか、どこもかしこも渋滞で、疲れました。

居眠り運転しなくて、本当に良かった…という感じです。

でも、コスモスの咲き乱れるお墓で、手を合わすと、

不思議に心が落ち着きました。

ご先祖様が、癒してくださっているのでしょうか?

生きていると、辛い事は沢山あります。

今日の季語は、白露。

平安の頃は、露は涙を表したのですって。

暑かった日々が急に涼しくなって、少しばかり、

秋の愁いを感じています。

気を取り直して、明日から又、元気にならなくちゃ!

折角の連休なのですもの‥‥ね。

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女は怖い…かな?

 物の怪も哀しきやから萩の夜  なを

「もののけも かなしきやから はぎのよる」

季語は萩、秋の七草のひとつですね。

古株から新芽を出す、「生(は)え芽(き)」が語源とか。

今夜は「源氏物語」のお勉強会で、六条門院が、

生霊となって、夕顔にとりつく所を読んできました。

いわゆる、物の怪になるわけですが、何だか

六条門院の哀しみのようなものが解ってしまって、

やから=なかま だなぁ…などと思っていました。

私にも、身に覚えがあります。

思い込みが、もう少し強かったら、

六条門院になっていたかも‥‥なーんて日が(笑)

誰にでも、そんな瞬間ってあるんじゃないかしら?

無い? 失礼致しました。はい。

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短歌ごっこ

 浅芽生の主なき宿の夜は更けて

   雨に濡れそぶ立待の月   なを

「あさぢふの ぬしなきやどの よはふけて

        あめにぬれそぶ たちまちのつき」

何となく、今夜は短歌もどきを詠んでみました。

今夜の月は「立待月」、明日は「寝待月」といいます。

雨が降って、見ることの出来ない「立待月」です。

「浅芽生」は、荒れ果てた庭のこと。

主がいなくなって、うら寂しい庭の風情を「源氏物語」の

イメージで、作ってみました。ちょっとした遊びです。

短歌に季語は必要ないのですが、一応「立待の月」が、

秋の季語です。「月」はすべて、秋の季語なのです。

「花」が桜を意味して、春の季語になっているのと同じですね。

たまに、俳句を離れて短歌(もどき)を作るのも、

新鮮で楽しかったです。

明日から又、俳句に戻りますので、どうぞヨロシク♪

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十六夜

 雲間よりいさよひの月見え隠れ  なを

「くもまより いさよいのつき みえかくれ」

季語は「いさよひの月」=十六夜(いざよい)の月のこと。

昨日の十五夜の月よりも少し遅れて出てきます。

今夜は、昨夜ほどはっきりしなくて、たまに雲に隠れたり…

遠慮がちな、お月様なのです。

今日は「敬老日」でしたが、まだまだ若いと思っている

母には、何にもしませんでした。

これって、親孝行? 親不孝???

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十五夜です!

 琴の音の調べも添へてけふの月  なを

「ことのねの しらべもそえて きょうのつき」

季語は「今日の月」→「けふのつき」

陰暦8月15日の夜に昇る月を、「名月」「満月」「望月」

そして、「今日の月」等などと呼びます。

今日は、向島百花園で行われている「月見の会」に、

母と出掛けました。琴の調べの中、ゆるゆると昇ってくる

お月様を拝見。美しかったです。

園内も、萩や薄、曼珠紗華と、とりどりの秋の花が

月の出を、今か今かと、待っているようでした。

人出が凄くて、少しばかり情趣に欠けるきらいはありましたが、

見事にまん丸のお月様に出会えて、感動の一夜でした。

普段は5時で閉まる門も、昨日・今日・明日は、

9時まで開いていて、とても賑わっていました。

園内に「言問団子」の出店があったのでお土産に…

今年のお月見団子はこれで決まり。

今夜は虫たちも、喜んで鳴いているような気がします。

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待ち遠しい名月

 待宵やひたすら空を見てをりぬ  なを

「まつよいや ひたすらそらを みておりぬ」

「待宵」が、季語。十五夜の前日の夜のことです。

月を「待つ心」のもどかしさを「待宵」というそうです。

昔は、花見や雪見と同じように月見は庶民の楽しみで、

名月の夜を待ちかねてこの夜、月見の宴を張ることも

あったとか‥‥素敵なフライングですね。

お月様は、随分と早く動きますね。宵に見てから、

時間を置いて、さっき見上げたら、移動していました。

さぁ、明日が本番のお月見です。

夕方、薄を買いに行って、吾亦紅もってお願いしたら、

葉っぱが枯れちゃったから、おまけにしとくよって、

お花屋さんのおじさんが、どっさり下さいました。

今日の嬉しい出来事…なのでした。

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長い夜

 「時の過ぎゆくままに」聴く夜長かな  なを

季語は「夜長」です。夜が一番長いのは冬至ですが、

夏の短い夜を過してきた身には、この時期にはもう、

夜が長いと感じられます。

「時の過ぎゆくままに」は、ご存知『カサブランカ』の

映画の中の歌。秋の夜にはピッタリな感じです。

題名が違っていたら、ごめんなさい。

歌の題名をきちんと覚えるのって苦手なのです。

それにしても、あのハンフリー・ボガード、素敵でしたね!

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昔の敬老の日です

 ありの実のしづくも嬉し夕餉あと  なを

「ありのみの しずくもうれし ゆうげあと」

「ありの実」は、梨のことです。無し(梨)という忌み言葉を避けて、

「ありの実」としているようです。

梨は、水分の沢山ある果物、雫もたっぷりですね。

その雫が美味しくて、母と二人でぽたぽたと食べます。

以前は今日15日が、敬老の日でした。今は第三月曜に

変わってしまいましたが、なんだかなぁ…な、感じですね。

母も、世間では敬老を祝われる歳になってしまいました。

本人は嫌がっておりますが‥‥

でも、年配者を敬うのは一年中であって欲しいものですねぇ!

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秋の蝶

 瑠璃色を纏ふ哀しき秋の蝶  なを

「るりいろを まとうかなしき あきのちょう」

「秋の蝶」が秋の季語。蝶は春の季語ですから…

何日か前に、瑠璃色をした揚羽蝶を見ました。

何だか、頼りなくふわふわと、飛んでいて、

夏の蝶にはある、力強さがないように思えました。

少し哀しいような気分になって、詠んだ一句です。

生きとし生けるものには、すべからく死が待っています。

だからこそ、精一杯、生きて欲しいものですね。

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西鶴忌

 夕空を血の色に染め西鶴忌  なを

「ゆうぞらを ちのいろにそめ さいかくき」

今日は、陰暦の8月10日で、井原西鶴の忌日です。

江戸前期の浮世草子作者・俳人。大阪の人で、

西山宗因の弟子。一昼夜で2万3500句を詠んだという

記録の持ち主。「好色一代女」「好色五人女」等、数多くの

元禄前後の享楽世界や、武家物、町人物を書いた人。

俳諧では「大句数」「西鶴大矢数」など。

その「西鶴忌」が、秋の季語です。

今日の夕焼は禍々しいような赤で、まるで血の色のようでした。

でも、夕焼は夏の季語、秋の夕焼だと秋の季語。

それを使うと季重ねになってしまうので、夕空としました。

心中物を得意とした、西鶴にふさわしい空の色だと

何だか妙に感動してしまいました。

一昼夜で2万3千余の句、只者ではなかった人ですねぇ!

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もらひ水はしないけれど…

 朝顔やけふいちにちの澪標  なを

「あさがおや きょういちにちの みおつくし」

この辺で、朝顔を詠んでおかないと、もう終わってしまう。

そんな気分で、今日は「朝顔」を。

夏に咲きますが、秋の季語です。

まだ、そこここで咲いていたりしますね。

早朝咲いて、陽の昇りきる頃には、しぼんでしまう。

「澪標」(みおつくし)は、「水脈(みお)の串」の意。

通行する船に、通りやすい深い水脈を知らせる為に

立てた杭のことです。「身を尽くし」にかけて歌に多く

詠まれています。

朝露にけむる朝顔の儚さを、澪標で受けてみました。

朝だけに咲く花ですから、今日一日では嘘になりますが、

朝の気持ち、今日も一日身を尽くしましょう‥‥

という心を込めて、詠んでみました。

朝顔は、桔梗の古名・木槿の別称とも言われていて、

どちらも秋の季語となっています。

儚さの代名詞のような朝顔ですが、きっぱりとした

美しい花だと思っています。

澪標も、凛としていなければ、身を尽くせない。

そんな、ニュアンスを感じて頂ければ幸いです。

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曼珠紗華…

 桃色の曼珠紗華より黄泉の声  なを

「ももいろの まんじゅしゃげより よみのこえ」

今日の清水哲男先生の「増殖する俳句歳時記」を読んで、

昨年行った安曇野の桃色の曼珠紗華の群れを思い出しました。

 佐藤鬼房

砂に陽のしみ入る音ぞ曼珠沙華

上の句が、今日の「増俳」(略しました。ごめんなさい)の一句。

しみじみした、凄い句だと感じ入りました。

「曼珠紗華」は、別名「彼岸花」と云い、秋の彼岸のころに

畦や墓地に咲くので「彼岸花」と名付けられたのだとか…

子供の頃、庭に幾本も咲いた彼岸花を、父が気味悪がって、

母にすべて抜かせたことが、記憶に残っています。

墓地に咲く花(死人花)のイメージが強かったのでしょう。

怖がりやの父でしたから‥‥

私は怖くはありませんが、やはり「黄泉の国」からの声を

届けに来る花のような、そんな感じを受けます。

もうすぐお彼岸、黄泉からのお客様をお迎えしなくては…

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兼題は「芙蓉」

 喩ふれば初の逢瀬や酔芙蓉  なを

「たとうれば はつのおうせや すいふよう」

「酔芙蓉」が秋の季語。今夜の句会に出句した一句です。

芙蓉は鑑賞用に植えられるアオイ科の落葉低木で、

おもに淡い紅色の五弁の花を開くが一日でしぼむ。

高さ1,5メートルほど、花の大きさは10センチ前後で、

白い花や八重咲きのものもあり、八重咲きには、

朝は白色で午後になると淡紅色、夜は紅色に変わり、

翌朝になってもしぼまない酔芙蓉という変わった品種もある。

花は薄命の美女にたとえられるように、楚々とした気品と

妖艶さを感じさせる。(以上、歳時記からの受け売り)

かつて大好きだった人との、初めてのデートを想い出して、

相手によって、変わって行った自分を重ねて詠みました。

私は、美女ではないけれど、戀は人を美しくする‥‥

そう思っています。穿ち過ぎ(うがちすぎ)かもしれませんが、

戀をしたら、貴女も私も、み~んな美女…ね♪

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「重陽」の節句

 細やかな菊の宴の酒を汲む  なを

「ささやかな きくのうたげの さけをくむ」

今日は、9月9日で『重陽』(ちょうよう)です。

本来は、陰暦9月9日の節句のことで、九の数は陽とされ、

その九の数の重なることをめでたいとして、

重陽とか重九とかいわれていたようです。

また季節柄、『菊の節句』とも言われています。

お月見のように、知れ渡った祝い事ではありませんが、

農家にとっては、収穫の時期でもあり9月9日・19日・29日と

三つの9のつく日を祝う地方もあるそうです。

ですから季語は「菊の宴」(きくのえん)私は宴を「うたげ」と詠み、

我が家での細やかなお酒を「菊の宴」と洒落てみました。

虫の音の聴こえる、静かな夜の一齣(ひとこま)。

少しづつ、少しづつ、秋が深まって行きますね。

 

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PC最新化!

 秋暑し光の電話てふ不思議  なを

「秋暑し」が、秋の季語(当たり前?)

暑さ寒さも彼岸まで…という言葉もあり、お彼岸までは、

こんな暑い日もまだまだありそうですね。

今日はお休みで、PCをADSLから光へと変更の工事に、

立ち会っていました。ついでに光電話にしますか?

ということで、お願いしたのですが、電話が光に???

難しいことは分かりませんが、基本料金が1,700円から、

500円に変わるのが、とても嬉しいです。

インターネットに繋ぐのが、すごく早くなるという

触れ込みでしたが、特に早くなったとは感じません。

兎に角、これでもう勧誘の電話はかかってこない!

これが一番嬉しかったりして‥‥(笑)

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颱風は今何処に?

 鳳仙花いつしか雨のあがりたる  なを

「ほうせんか いつしかあめの あがりたる」

『鳳仙花』が、秋の季語。「つまべに」「つまくれない」とも…

東南アジアの原産で、平安時代に渡来したもののようです。

かの『枕草子』にも、この名があるそうで‥‥

赤・紫・黄・白・絞りなど各色ありますが、かつて、女の子が、

紅色の花びらで爪を染めて遊んだことから「つまくれない」(爪紅)

と言われるのだそうです。

花言葉は「私に触れないでください」ですって‥‥

ちなみに、この句は、先日の句会で主宰に特選を頂きました(嬉)

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哀しい蝉の声

 今生の名残の唄を秋の蝉  なを

「こんじょうの なごりのうたを あきのせみ」

「秋の蝉」が季語です。「今生」はこの世のこと。

今日のように、雨が降ったり止んだりの中で、

雨が止むと、一斉に鳴き出す秋の蝉。

短い命を、精一杯生きている健気さを感じました。

でも、法師蝉には、秋を感じて少し寂しくなりますね。

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やっぱり晴が好き

 秋の雨小さな小さな独りごと  なを

「あきのよる ちさなちいさな ひとりごと」

今日は、解説の必要もありませんね。

季語は、勿論「秋の雨」です。

昨日の続きの雨で、今日は一日中ひんやりとしていました。

大型颱風の余波で、当分は雨模様のようです。

雨も大切ですが、ずっと続くのは少ししんどいですね。

雨不足の四国の皆様には申し訳ございませんが…

九州地方も大変な事になりそうで、お見舞い申し上げます。

どうぞ、ご無事で! と、祈るばかりです。

早く台風一過の、清々しい秋を感じたいものですね。

秋の夜の独り言でした。

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稲光男心と秋の空

 雨激し夜を切り取る稲光  なを

「あめはげし よるをきりとる いなびかり」

稲光が、秋の季語です。稲妻ともいいますね。

夕方から出掛け、帰りの電車の中で見た突然の大雨。

駅について、雨宿りしている大勢の人を掻き分けて、

持っていた小さな傘で、川のようになった道を通り帰宅。

稲光とドカンドカンという音も、続いていました。

TVをつけると「短時間記録的大雨」という文字が‥‥

大きな颱風が来ているということは聞いていましたが、

今夜の雨はそれとは、関係ないのでしょう。

全く、変てこなお天気です。ヤレヤレです。

被害をお受けになった皆様にお見舞い申し上げます。

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カンナは赤が好き

 カンナカンナ燃え尽きさうで燃え尽きず  なを

「かんなかんな もえつきそうで もえつきず」

カンナが秋の季語です。7月から11月位まで咲き続けます。

燃えるようなカンナの花に、自分を重ね合わせて、

もういい加減、燃え尽きてしまってもいいのに、

ところがどっこい、いまだ燃え尽きていない!

一生、燃え尽きる事なんかない…そんな気分の一句です。

だって、どこか自分を燃やしていないと、生きている甲斐もない。

そう思うのですが、私って変なのでしょうか?

枯淡の境地とか、侘び寂びなんて言葉は嫌いです。

一生が青春。一生、燃えていたいなぁ…と思う今日この頃。

外側は、お婆さんになっても、内側は瑞々しくありたいな♪

ねぇ、ご同輩! そうはお思いになりませんか?

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夜をふわふわ

 存念のはみ出す夜半の虫時雨  なを

「ぞんねんの はみだすよわの むししぐれ」

「存念」は、思っていること、考え。「夜半」はよふけ、よなか。

「虫時雨」は、沢山の虫の鳴いている様子を時雨に例えています。

まるで遊体離脱するかのように、自分の想いが、

ふわふわと漂っている、そんな時空を超えた世界を

虫時雨の中で、感じている‥‥自分にしか判らない一句ですね。

訳分からない句で、ごめんなさい。

虫時雨の中、他に何も音のない世界では、そんな感覚も

呼び覚ますのではないでしょうか?

秋の長い夜には、こんな一句も許されるかしらん…と、

掲載させていただきました。

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九月朔日(ついたち)

 部屋ぬちに秋涼ひそむ夜の底  なを

読み方のご説明は必要ないでしょうが、一応読みを。

「へやぬちに しゅうりょうひそむ よるのそこ」

「ぬち」とは、内部のことです。部屋の中とお思いください。

「秋涼」は、「新涼」と、同意。秋に入ってほっとするような涼気。

「ひそむ」は、潜む。ひそかに隠れていることです。

「底」は、色々な意味を持っています。

凹んだものや、容器の下・物体の下面・天に対しての地、

そして物事の極まれる所・奥まって隠れた所・そのものの実力。

以上、広辞苑より引きました。

私は、夜の一番極まった処という意味を持たせたつもりです。

夜の底の部屋に潜んでいる、秋の涼気‥‥

意味をきちんとお伝えするのは、とても難しいですが、

雰囲気を感じていただけたら、それでいいかなって思いました。

朝の涼気と、夜の涼気。同じようでいて少し違う。

爽やかな朝と、寂寥感(せきりょうかん)のある夜。

涼しさと一緒に、一抹の寂しさもある、秋の夜。

そんな季節の始まりをご一緒に…お付き合い下さいませ。

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八月尽

 街騒をはなれゆるゆる葉月へと  なを

「まちざいを はなれゆるゆる はづきへと」

今日の句会に出した一句です。無投票句でしたが…

でも、今日の私の気分に一番沿った句なのです。

「葉月」が秋の季語。陰暦8月の異称で陽暦の9月のことです。

8月が終わり、明日からは9月という今日の素直な気分。

句会の前に、広尾の『羽沢ガーデン』という処でランチ。

旧満鉄の社長の居宅、その後東京市長の私邸だったという、

敷地が3,000坪、建物が574坪という広い広いお屋敷を、

レストランにしている、とっても素敵なお店のお庭を吟行。

春まだ早き頃、一度テラスに置いた炬燵で、夜に句会をしたことが

あったのですが、今回はお昼でしたのでじっくりとお庭の散策が

出来ました。色々な植物があり、中でも「鬼柚子」というのを

初めて見ました。大きくて柑橘系の匂いの強い面白い実‥‥

都会の真ん中にありながら、街の賑わいを離れた静かな処で、

ゆるゆると新しい季節へと移っていく柔らかな気分を一句に。

明日から九月、新しい気持ちで過せたら倖せ─かな。

日付が替わってしまいましたが、これは、8月31日の一句です

 

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